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歴史と雑学

果物と野菜に関するなるほどがいっぱい #:172 2013.07.09更新 <監修: 医学博士 長野美根>

もっと知りたい氷の話

もはや私達の生活になくてはならない氷。今では冷蔵庫の製氷室やコンビニなどで、一年中あたりまえのように手に入りますが、天然の氷だけしかなかった大昔の氷事情は、どのようなものだったのでしょう。氷の歴史はそのまま生活文化の歴史ともいえる興味深いもの。暑いこの時期、毎日のようにお世話になっている氷のことを、ちょっと学習してみませんか。

平安貴族も夏の氷を楽しんでいたのです。

平安貴族も夏の氷を楽しんでいたのです。

その昔、夏の氷はとても貴重なものでした。山深い氷室で保存された天然氷を、大変な思いをして運んでいたからです。古代から近世までは、上流社会の献納品として一部の貴族たちに利用され、夏の贅沢な楽しみとされていました。その様子は平安文学からもうかがうことができます。
 清少納言の『枕草子』には、氷を銀の器に入れて、甘い汁をかける話が出てきます。また紫式部の源氏物語には、宮中の女房たちが夏の夕暮れに、氷を胸や額に押し当てて涼をとっている様子がえがかれています。時代は移り江戸時代になっても、氷は依然として貴重品、将軍家への献上品として、地方から早飛脚で運ばれていました。雪国から遠く離れた江戸の庶民たちにとって、夏の氷はまだまだ自分たちには縁遠い高級品だったのです。

氷の商いに夢をたくした男が残したもの。

幕末の開港後には氷の輸入が始まりました。当初は横浜に居留する外国人たちの自家用でしたが、やがて外国人医師たちの治療用に使用されるようになったのです。アメリカのボストン周辺から採り出されたため、ボストン氷と呼ばれ、とても高価なものでした。こうした状況のなかで、なんとか国内での採氷業を成功させようと努力したのが中川嘉兵衛です。莫大な借金を負いながらも試行錯誤を重ね、函館五稜郭の天然氷を商品化することに成功しました。それまでの高価なボストン氷より安価なため、全国的なブームになったのです。しかし中川はその後にやってくる機械製氷の時代を見越していて、やがて日本初の製氷会社を設立します。その後時代は移り、家庭用の電気冷蔵庫の普及により、氷は一般家庭でも手軽に作ることができるようになっていきます。

氷を形で楽しむ時代になりました。

氷を形で楽しむ時代になりました。

現代では冷蔵冷凍庫での製氷はあたりまえになり、氷がとても身近になりました。同時に自家製ではもの足らず、用途に合わせて氷を購入し、使い分けるシーンもふえてきたのです。大きなブロックアイスは、レジャー用のクーラーボックスやイベントの飲み物を冷やす際にも活躍します。小さめのブロックはかき氷機にかけたり、アイスピックで砕き、飲み物に使います。
 自分で砕かなくてもそのまま使えるのが、コンビニでもおなじみのぶっかき氷です。使い道は万能ですが、オンザロックやカクテルには、不純物の少ない硬くて溶けにくいぶっかき氷が最高です。飲食店の業務用に開発されたキューブ型は、一見、製氷機の氷と似ていますが、透明で硬いので、飲み物の味を損ないません。またちょっと変わり種にはボールアイスがあります。ロックグラスにおさまる球形ですが、表面積が少ないので溶けにくく、お酒を薄めず適度に冷やせるので人気です。
 反対に早く溶かして、飲み物を冷やしたり、薄めたりしたいときは、細かく砕いたクラッシュアイスを使います。手作りする方法は、ビニール袋に氷を入れて叩くのですが、今は家庭用の手軽なクラッシャーもたくさん出回っています。クラッシュアイスは、フルーツやお刺し身などの盛りつけに使っても涼やかな演出になりますね。今年の夏は、いろいろな形の氷を食卓で楽しみましょう。