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正しい知識でこれからの毎日を楽しく #:223 2016.07.30更新 <監修: 医学博士 長野美根>

会席料理と懐石料理って違うの?

和食店の看板などで目にする「懐石料理」と「会席料理」。同じ読み方なので混同している人、見過ごしている人、なかにはあまり気にしてない~と言う人も多いことでしょう。でも「和食」が世界中から注目されている今だからこそ、その違いや和食の歴史などを知っておけば、ちょっぴり鼻高~ですね。
 日本は伝統的に食生活にも美を求めてきました。平安時代にはすでにお祝いや、もてなし膳の形式がととのっていました。宮中では年中行事の宴会が開かれ、調理技術も進み、献立もしだいに豊富になっていきます。その後鎌倉幕府による武士の時代では、質実剛健の精神で、それまでの公家による贅沢がいましめられました。一方この時代には、栄西、道元によって禅宗がひろめられ、禅寺独特の「精進料理」が発達したのです。これらは武士階級や一般にも普及し、仏事や日常の食前にも供されるようになりました。

まずは日本を代表する「本膳料理」のことを知ろう!

まずは日本を代表する「本膳料理」のことを知ろう!

室町時代になると武家と公家との交流が盛んになり、いろいろな儀式にともない、料理も有職故実を生かした格式の高いものになっていきます。この時代には武家の礼法も確立され、食事の礼儀作法や形式も厳しく決められました。このときにできた膳組みの形式が「本膳料理」の発祥と言われています。
 本膳料理は、日本を代表するもっとも格式の高いもてなし料理です。本膳、二の膳、三の膳、与の膳、五の膳など、複数の膳で構成され、それぞれに決められた数の料理を配して構成されるといった複雑なものです。しかし明治時代以降、私達の生活は少しずつ洋風化し、合理化していきます。食生活も例外ではなく、時代に逆行する本膳料理は現在では冠婚葬祭など、一部の儀礼的な料理に形式を残しているにすぎません。

時代につれて簡略化された形の料理が定着

複雑な本膳料理は時代とともにすたれ、簡略化するにつれて登場してくるのが「懐石料理」「会席料理」です。まずは懐石料理の成り立ちから。安土桃山時代、千利休によって茶の湯が完成し、それに伴って茶懐石が生まれました。もともと懐石とは、禅僧が温めた石をふところに入れて体を温め、空腹をしのぐという意味で、茶の湯でお茶を出す前に出す簡単な料理のことをさします。
 つまり茶懐石は茶の湯の催しに組み込まれていた料理なので、茶の湯を催す人が自ら作ってもてなすのが建前でした。それが茶懐石を専門とする仕出屋(出張料理店)ができ、やがて一般の料理屋でも茶懐石を供するようになったのです。

つぎは「会席料理」のお話です。江戸時代には、士農工商という身分制度が確立し、消費生活も盛んになりました。特に都市部では飲食店や料理屋が増えてきます。やがて上客のために高級な料理を出す店が現れ、会合や趣味の集まりなどに利用されるようになりました。こうした店では、本膳料理や懐石料理などの内容を取り入れて独特の料理を作り、会席料理の看板をかかげたのです。
 会席とは多数が集まる席のことで、そこで出される酒宴のもてなし料理を「会席料理」と呼びます。つまり宴席で出される料理の総称であり、とくに料理の形式や内容をさすものではありません。本膳料理や懐石料理の食事作法を取り入れながら、簡略化や趣向を取り入れ、酒宴にふさわしい趣のある料理として、今日までさまざまに形づくられてきました。
 「懐石料理」と「会席料理」。今まで何気なく見過ごしていた料理の違いも、その成り立ちや歴史なとを知ると、和食の楽しみがますます広がることでしょう。

参考;『日本料理のサービスマナー』 市川康夫著(柴田書店刊)
   『新現代ホーム百科事典・3巻/料理』(学習研究社刊)