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歴史と雑学

果物と野菜に関するなるほどがいっぱい #:104 2010.09.21更新 <監修: 医学博士 長野美根>

トマトケチャップの歴史

フライドポテトやフランクフルトに添えたり、チキンライスの味付けなどに欠かせないトマトケチャップ。真っ赤な色と、独特の甘味と酸味が世界中で愛されています。「ケチャップ」といえば、日本ではこのトマトケチャップのことを指しますが、もともとはトマトに限らず、魚やきのこ、フルーツなどで作ったケチャップもあったのです。さらに歴史を逆上ると、そのルーツは意外にもアジアに行き着きます。七つの海をわたりながら進化してきたケチャップの不思議な歴史を追ってみましょう。

ケチャップのルーツはアジアの魚醤?

ケチャップの由来には諸説ありますが、その語源からアジアにルーツがあるとする説が有力です。中国には古くから「ケ・ツィアプ」と呼ばれる調味料があり、これは現在のナンプラーや魚醤のように、魚を発酵させて作ったものでした。それが17世紀ごろ、東西貿易が盛んになるなかでアジアからヨーロッパに伝わったと考えられているのです。
 ところがその後、ケチャップはヨーロッパでは大きく姿を変えて広まります。かきやロブスターなどの魚介類のほか、きのこやフルーツなどさまざまな材料で作ったケチャップが登場するのです。よく知られているのはマッシュルームのケチャップ。マッシュルームに塩をふり、出てきた汁に香辛料を加えて煮詰めたもので、現在も調味料として使われています。

新大陸で生まれたトマトケチャップ

そんなケチャップがトマトと劇的な出会いをしたのが新天地アメリカです。18~19世紀にアメリカに渡ったヨーロッパ人たちは、当時普及し始めていたトマトでケチャップを作ったのです。当初は家庭で手作りされていましたが、やがて工場で大量生産されるようになりました。作り方は、完熟トマトを煮詰めたものに、砂糖や塩、酢、スパイスなどを加えるのが基本。製造業者は各社それぞれ製法に工夫をこらし、そのレシピは重要な企業秘密でした。工場で作られた安価でおいしいケチャップは輸出品としても好評で、ヨーロッパなどの海外に輸出されるようになります。
 アメリカは現在も最大のトマトケチャップ消費国。キッチンで料理に使うというより、テーブルでハンバーガーやフライドポテトなどにつけながら食べることが圧倒的に多いようです。

トマトケチャップから日本独特の洋食が誕生

日本にケチャップが登場するのは明治時代。当時すでにトマトケチャップが主流になっていたアメリカから伝わったため、日本では当初からケチャップといえばトマトケチャップでした。やがて、国産のトマトケチャップの製造も始まり、洋食の普及とともに需要も伸びていきます。チキンライスや、チキンライスを卵で包んだオムライス、スパゲティナポリタンなどは日本で生まれた洋食メニューですが、トマトケチャップはそんな日本独特の洋食文化を生んだ立役者でもありました。戦後、こうした定番料理がレストランだけでなく家庭でも食べられるようになると、ケチャップは日本の台所にも欠かせない調味料になります。
 ルーツとされる中国にも、エビチリや酢豚などトマトケチャップを使うようになった定番料理があります。このように、ケチャップはアジア、ヨーロッパ、アメリカを経由して、再びアジアで新しい食文化を生んでいたのです。