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歴史と雑学

果物と野菜に関するなるほどがいっぱい #:130 2011.10.12更新 <監修: 医学博士 長野美根>

古今東西「栗のお菓子」

世界各地で古くから食用とされていた栗ですが、それぞれの地域によって特色が異なります。大きく分けると、日本原産の「日本グリ」、アルメニア原産の「ヨーロッパグリ」、中国の華北地方原産の「中国グリ」、北アメリカ原産の「アメリカグリ」の4種で、共通しているのは、その甘味とうまみを生かして、さまざまな名菓が作られてきたことでしょう。日本なら、栗きんとんや甘露煮、中国では天津甘栗が有名ですね。また、焼き栗は晩秋のヨーロッパの風物詩。マロングラッセやモンブランケーキは、今もスイーツ好きを楽しませています。一足早く、世界中で愛される「栗のお菓子」を集めてみました。

日本のハレの場には栗が欠かせません

日本のハレの場には栗が欠かせません

日本では縄文時代の遺跡からも栗が出土し、古代から重要な栄養源でした。また、縁起のよい食べ物としても珍重されてきたのです。例えば、鬼皮をむいて乾燥させた「かち栗」は、「勝ち」につながるとして出陣の際や祝い膳で縁起物として食べられました。おせちでおなじみの栗きんとんも、「きんとん(金団)=金の布団」という意味から転じて小判などに例えられ、金運を呼ぶとされ、お正月のほか結婚式などのおめでたい席に供されます。祝い膳にのせられる栗きんとんの多くは、栗の甘露煮にさつまいものあんをぽってりとからめたものです。
 一方、加熱してつぶした栗と砂糖だけを練って茶巾絞りにしたお菓子も「栗きんとん」と呼ばれています。製法は至ってシンプルですが、それだけに栗の品質や、炊き方、裏ごしの加減、砂糖の種類や量など、職人の腕が問われる和菓子です。栗きんとん発祥の地とされる岐阜県の中津川では、現在も小さな町に数多くの和菓子店が軒をつらね、老舗の味を競い合っています。
 あんをからめた栗きんとんは、家庭で親から子へ伝えられてきたいわばおふくろの味。一方、茶巾絞りの栗きんとんには菓子職人のワザが生きています。それぞれに栗にこめられた心に想いをはせながら、日本ならではの伝統の味を折々に楽しみたいものです。

マロングラッセは渋皮をむきやすいヨーロッパグリで

マロングラッセは渋皮をむきやすいヨーロッパグリで

ヨーロッパでは秋も深まると、街角に焼き栗のスタンドが立ちます。人々が落ち葉を踏みしめ、栗をむきながら食べ歩く風景は秋の風物詩です。焼き栗に使われるヨーロッパグリは日本グリより小ぶりで鬼皮も薄め、渋皮も実ばなれがよいのが特徴です。焼き栗は横に切り目が入れてあり、簡単に渋皮までむくことができます。
 この渋皮がはがれやすいという特徴はマロングラッセ作りにも向いています。マロングラッセは、渋皮をむいた栗を砂糖液で煮た後、何日も砂糖液に漬けて作るぜいたくな栗菓子。最後に乾燥させて表面にガラスのような透明な糖の膜を作り、つやよく仕上げます。そのためには、渋皮をむくときに実の表面をナイフでこそげることなく、手などで渋皮だけをきれいにはがすことが大切。こうすれば実の最上層の光沢のある組織が残り、そこにきれいな糖の膜ができて美しく仕上がるからです。日本グリの場合は、渋皮の実ばなれが悪いので、包丁などで実の表面を面取りしながら渋皮をむくことが多いもの。そうして渋皮をむいた栗は甘い蜜煮に仕上げられます。このように、品種の違いが調理法の違いにつながっているのです。フランスでは、手で栗の渋皮をむいて黒くなった女性の爪をきれいに見せるためにマニキュアの技術が生まれたという話も伝わるほど。栗がいかにヨーロッパの人々に愛されていたかを感じさせる逸話です。

「天津甘栗」は日本独特の呼び名だった

中国でも栗は6000年以上前から重要な農産物でした。中国の栗といえば、だれもが思い浮かべるのが「天津甘栗」でしょう。これは中国グリを、熱した小石で水飴を加えながら焼き上げたもの。13世紀頃の文献に、栗を麦芽糖と混ぜて砂と一緒に釜で焼く方法が紹介されており、当時すでに同様の製法があったことがわかります。中国グリは、日本グリに比べて小さく、渋皮がはがれやすいので、甘栗は鬼皮も渋皮も手で簡単にむくことができます。日本グリを同じ方法で焼いても、同じようにはなりません。
 実はこの「天津甘栗」という名は日本独特の呼び方なのです。天津には中国有数の港があり、中国各地で収穫された栗が集められては盛んに輸出されていました。日本は主にその天津から甘栗を輸入していたため、「天津甘栗」と呼んだのです。つまり「天津産の甘栗」ではないので、中国の人にとっては少々違和感のある呼び方のようです。しかし、現在では中国でも、日本人向けのおみやげや輸出用には、「天津甘栗」と書かれたものが売られています。