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歴史と雑学

果物と野菜に関するなるほどがいっぱい #:156 2012.11.13更新 <監修: 医学博士 長野美根>

江戸の伝統野菜ストーリー

京都の京野菜や金沢の加賀野菜、東京の江戸野菜など、日本の各地で、それぞれの地域独特の野菜が育まれ、食べられてきた歴史があります。今これらの伝統野菜が魅力的な食材として注目され、日本料理だけでなく、フレンチやイタリアンなどにも幅広く使われ始めました。その希少性や個性的な味わい、伝統に根ざした調理法などがグルメたちを強くひきつけているようです。
 伝統野菜の定義は、第一にその地域で種を採取しては栽培を繰り返していること。そして露地で栽培でき、長い生活の中で生活になじんできた野菜のことです。ですから原産は外国でも、じゃがいもやさつまいも、ごぼう、にんじん、かぶ、大根などのお馴染みの野菜も、すでに伝統野菜といえるでしょう。しかしここではちょっと範囲を絞って、江戸っ子の食文化を支えてきた、江戸の伝統野菜のおもしろストーリーにスポットをあててみましょう。
 江戸野菜には生産地の名前がついていることが多く、そのひとつひとつに、歴史的なストーリーが秘められています。そして命名や普及には、将軍様や、お殿様たちが一役買っていることが多いのも江戸野菜らしいエピソードです。

練馬大根

徳川五代将軍の綱吉が、尾張から種を取り寄せて、現在の練馬地区で栽培を命じたのが始まりとか。以来練馬は、大根産地の代名詞として定着。繊維が多く水分が少ないので、たくあん漬けに適していました。落語の「長屋の花見」で、庶民が玉子焼きに見立てたというたくあんも、きっとこの練馬大根だったのでしょう。

小松菜

江戸の始め、葛西付近に葛西菜という味の良い青菜があったのを、小松川の椀屋久兵衛が改良して関東一帯に広めました。八代将軍の吉宗が、鷹狩りの際にたまたま農家で食べて喜び、「小松菜」と命名したとか。以来、江戸のお雑煮には欠かせない青菜です。

のらぼう菜

野良坊菜とも書く菜の花の一種。あきるの市五日市付近の特産で、江戸時代に関東郡代の伊奈備前守が周辺の村々に種を配付したのが栽培の始まり。その後の天明・天保の大飢饉のとき、多くの人がこの「のらぼう菜」で命をつないだという史実は有名です。

谷中生姜

谷中生姜

江戸時代、西日暮里から谷中にかけては、水に恵まれていたうえに排水も良く、谷中台地が風除けとなって、おいしい生姜ができました。収穫がお盆の時期だったので、谷中の寺社や、商人、職人などの贈答品としても重宝され、ブランド化されていったようです。

寺島茄子

東京都墨田区東向島のエリアは、江戸時代には寺島村と呼ばれた農村地帯。墨田川上流からの肥沃な土に恵まれ、小型ながらも果肉の締まったおいしい茄子の生産地でした。一時は幻の茄子とも言われた寺島茄子ですが、今では町おこしとして、復活運動も盛んです。

滝野川ごぼう

江戸の元禄年間から、滝野川村(東京都北区)の地で改良、採取されてきました。参勤交代の武士たちが種を買い求め、全国のごぼうの9割以上がこの品種をもとに栽培されています。歯ざわりと香りがよく、江戸の浄瑠璃から名付けられたきんぴらごぼうは、江戸っ子たちの好物料理でした。

このほかにも、亀戸大根や馬込半白きゅうり、金町小蕪など、まだまだたくさんの江戸の名残りの野菜があります。今では少数派となりましたが、その土地の人や風土、食文化を支えてきたこうした野菜にも、ときには目をむけて楽しみたいものです。