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ハーバード・ビジネス・スクール教授はなぜ「もったいないバナナ」に注目したのか? 信頼研究から見えた、企業と社会の理想的な関係

ビジネススクールの最高峰、ハーバード・ビジネス・スクール(以下、HBS)で「企業の信頼」を研究するサンドラ・J・サッチャー教授。サッチャー教授は、Doleが進める規格外バナナを活用するプロジェクト「もったいないバナナ」に注目し、信頼とサステナビリティを考える教材の1つとして授業で紹介しています。なぜ「もったいないバナナ」だったのか。受講生はどのように受け止めたのか。そして、企業の信頼とどのように結びつくのか。サッチャー教授に伺いました。

「学生たちに響く!」と直感した「もったいないバナナ」

──サッチャー教授が、「もったいないバナナ」を知ったきっかけは何だったのですか?

伊藤忠商事*¹のサステナビリティへの取り組みを研究していた際に、詳細なESGレポートをいただいたのがきっかけです。伊藤忠が手がける約50のプロジェクトを深く理解するため、200ページに及ぶレポートを1ページずつ精読し、学生の興味を引きそうなテーマを探していました。そして「もったいないバナナ」のページに差し掛かった瞬間、「素晴らしいアイデアだ!」と思いました。
*1…株式会社ドール(Dole Japan, Inc.)は2013年より伊藤忠商事株式会社の傘下にある。

──第一印象はいかがでしたか?

「学生たちに響く!」と直感しました。その予感は見事に的中し、伊藤忠の複数の取り組みを紹介する中で、「もったいないバナナ」は学生が議論してみたいテーマとして、常に上位5位に入っています。

Profile
サンドラ・J・サッチャー(Sandra J. Sucher) ハーバード・ビジネス・スクール教授。世界的に知られている信頼研究の第一人者。信頼をどのように具体化し、ビジネス資産としてどのように構築するかを研究している。著書『The Power of Trust』では、企業がステークホルダーの信頼をどのように構築し、失われた信頼をどのように回復していくかについて、20年にわたる研究に基づいて著述している。伊藤忠グループの「三方よし」に感銘を受け、2025年にはケーススタディとして『売り手よし、買い手よし、世間よし:伊藤忠商事における三方よし及びサステナビリティと信頼(Good for the Seller, Good for the Buyer and Good for Society: Sampo-yoshi, Sustainability and Trust at ITOCHU)』を執筆した。

──受講生はDoleの取り組みをどのように受け止めていますか?

「実践的で身近なビジネス」として関心を寄せています。現在の学生は以前に比べて起業家精神が旺盛で、「自分でビジネスを立ち上げたい」という意欲を持つ人が増えています。かつてのHBSといえば、大企業への就職を望む学生が大半でした。しかし今では、自分のビジネスを始めることへの関心が高く、実際に参考にできるアイデアを学ぼうとする姿勢が目立ちます。

「もったいないバナナ」が学生に響く理由の1つは、そこにあると思います。このプロジェクトは、大規模な資産や設備を必要とするわけではありません。「これくらいの規模なら、自分でも手が届きそうだ」と感じられる点が、共感を生んでいるようです。

──優秀な学生が集まるHBSらしい着眼点ですね。

実は、理由はそれだけではありません。シンプルに言えば、バナナは誰もが食べる身近な果物だからです(笑)。自分がよく知っているものの話であれば、自然と関心が湧きます。アメリカでは、ジムにバナナが常備されていることも多く、運動をする人にとってエネルギー補給の定番として定着しています。誰もが親しみを持っているバナナを扱っている点も、関心を集めた要因の1つだと思います。

──なるほど。

取り組みやすさと適切な規模感に加え、社会的価値と結びついている点も大きかったと思います。多くの人は「社会貢献と利益の両立は難しい」と思いがちです。しかし、「もったいないバナナ」は収益性のある事業の一部として成立しており、単なる慈善活動ではなく持続可能なビジネスモデルとして機能している点に説得力があります。つまり、サステナビリティがビジネスの「脇役」ではなく、ビジネスを推進する方法そのものであることが、学生を引きつけたと考えます。

──実践的で適切な規模感とのことですが、学生が将来、こうした事業に関わる可能性はありますか?

十分にあると思います。HBSには農業に関心を持つ学生向けに「アグリビジネス」と呼ばれる講義があり、私のクラスにも農業関連の経験を持つ学生がいます。非常に親和性の高いテーマですから、関心を持つ人は確実にいます。

農業という切り口だけでなく、マーケティングのプロジェクトとして捉える視点もあるでしょう。マーケティングにおける永遠のテーマは「人々の意識や行動をいかに変えるか」です。このプロジェクトはまさにそれを体現しようとするものです。

「信頼」は、企業のどのような行動から生まれるのか?

──そもそも企業にとっての「信頼」とはどのようなものなのでしょうか?

信頼とは、他者の行動や意図に対して、自らを脆弱な状態に置くことです。ある組織を信頼するとき、何らかの利益を得たいがゆえに、自分を脆弱な状況にさらすことになります。相手はその期待に応えることも、応えないこともできる。信頼には常に、裏切られる可能性がつきまといます。だからこそ、信頼は組織と個人の間に生じる関係として捉えるのが適切です。

──個人がそのような脆弱な環境に置かれないための防御方法はありますか?

防衛策として「誰も信頼しない」という選択肢もありますが、そのような世界で生きたいと思う人はほとんどいないでしょう。だからこそ、誰を信頼するかを慎重に見極める必要があります。企業としては、信頼される側でありたいと思うのが自然ですし、私もそうあってほしいと思っています。

サンドラ・J・サッチャー教授らによる共著『The Power of Trust』。企業が社会や生活者と信頼関係を築くために何が必要かを、豊富な事例をもとに考察した一冊。
サンドラ・J・サッチャー教授らによる共著『The Power of Trust』。企業が社会や生活者と信頼関係を築くために何が必要かを、豊富な事例をもとに考察した一冊。

──企業が信頼されるために大切な行動や姿勢は何だとお考えですか?

まさにそれこそが私の研究テーマです。信頼には4つの要素があります。

1つ目は「能力(Competence)」です。期待されていることを実際に遂行できる力がなければなりません。バナナに例えるなら、品質が高く、安全に食べられるということです。

2つ目は「動機(Motives)」です。つまり、その企業がなぜその活動を行っているのか、その理由を信頼できるかということです。信頼は力の関係でもあります。相手が一定の影響力を持つとわかった瞬間、その動機に目が向きます。そこで見るべきは、相手がさまざまな利害を持っている中で、自社の利益だけでなく、他者の利益も考えて行動しているかです。

3つ目は「手段(Means)」です。企業が信頼関係を構築していくプロセスに注目します。例えば、ある企業が労働者を搾取しているとすれば、私はその企業から商品を購入しようとは思いません。ビジネスは公正であるべきと考えるからです。

4つ目は「影響(Impact)」です。これは前の3つとは別の要素です。その企業の行動が、我々の生活や社会にどのような影響を与えるか、という視点です。たとえば航空機事故のように、人命に関わる重大な影響を及ぼした場合、その企業への信頼は大きく損なわれます。

4つの要素はいずれも重要であり、その水準が高いほど信頼は深まります。しかし、どれか1つでも損なわれれば、信頼は一気に崩れ落ちます。

「信頼」から読み解く「もったいないバナナ」の独自性

──「信頼」という観点から見て、「もったいないバナナ」の取り組みにはどのような特徴があると思いますか?

このプロジェクトは、先ほど挙げた信頼に必要な「4つの要素」をすべて備えた、非常に優れた事例といえます。まず、「もったいないバナナ」は、社会に配慮した「動機」と密接に結びついています。「手段」の面でも、信頼を築く要因になっています。さまざまな組織やパートナーがこのプロジェクトに参画し、取り組みの意義を口コミなどで広く発信しながら協働しているからです。

「影響」の観点からも、本来廃棄されるはずのバナナを再利用するという取り組みは、環境的にも社会的にも価値があります。さらに、このような取り組みを実際にビジネスとして軌道に乗せる伊藤忠とDoleの「能力」も備わっています。

「もったいないバナナ」のメッセージを動画にした『もったいないバナナSTORY』は、「第63回 ギャラクシー賞」にてCM部門〈大賞〉も受賞した。

──企業との共創は、信頼の構築においてどのような意味を持ちますか?

これ以上ないほど強力な方法だと思います。真の社会的価値とは、1社単独ではなく、多くの企業が関わることで生まれるものです。しかし通常のビジネスでは競合関係にあるため、それが実現することはほとんどありません。私自身、このプロジェクトを知る前に、「競合する企業が参加する」と言われていたとしたら、不可能であると思っていたでしょう。利害を超えて「複数のパートナーと一緒に取り組む」という発想は非常にユニークであり、計り知れない価値を生み出しています。

▼「もったいないバナナ」について詳しくはこちら!

「三方よし」の本質と、生活者が企業を見極める目

──「もったいないバナナ」と、伊藤忠グループの企業理念「三方よし」*²の共通点はどこにあると思いますか?

最大の共通点は、社会的な善をビジネスとして成立させていることです。どのような事業においても、サステナビリティへの貢献という社会的価値だけでは不十分であり、利益を生み出すビジネスである必要があります。しかし多くの企業はサステナビリティを本業の傍流として位置づけ、多少の赤字が出ても企業の評判向上につながればよいと考えています。「もったいないバナナ」は収益性を確保しながら社会的意義も持つという、両立の難しさを乗り越えた点において、際立って優れた取り組みだと感じています。
*2…「三方よし」は、近江商人であった伊藤忠商事の創業者・初代伊藤忠兵衛の経営哲学に由来する考え方で、「売り手よし、買い手よし、世間よし」を意味する。自社だけでなく、取引先や社会にとってもよい商いを目指す姿勢を表す。

サッチャー教授

──最後に、生活者としては、企業のサステナビリティ活動をどのように見るべきでしょうか? 企業が信頼できるかを見極める方法があれば教えてください。

生活者が注目すべき点はいくつかあります。1つ目は、企業がその取り組みをどれだけ一貫して継続してきたかです。流行だからという理由で始めた活動であるなら、真の信頼を得るには至っていないと思います。

2つ目は、本業とどれぐらい密接に結びついているかです。サステナビリティ活動が本業とかけ離れており、その企業がどのようにビジネスを行っているのかが想像できないものであれば、評価することは難しいでしょう。

──企業の「本気度」を見る必要があるわけですね。

その通りです。そしてもう1つ、ぜひ覚えておいていただきたいことがあります。それは、最高経営責任者(CEO)を始めとする経営トップが、そのテーマに関して自ら発信しているかどうかです。経営層がメッセージを発することは、一部門だけの取り組みではなく、全社的なプロジェクトであることを示す証となり、アメリカでは特に大きな意味を持ちます。私たちの研究においても、経営層のメッセージが、信頼形成において重要な要素であることが実証されています。日本の生活者のみなさん、そして企業のリーダーの方々も、企業を評価する視点の1つとして参考にしていただければ幸いです。

──貴重なお話ありがとうございました。

※記事の情報は2026年10月1日時点のものです。