首都圏を中心に展開する中学受験塾「SAPIX小学部」。2025年11月に実施したSAPIX公開模試の小学4年社会では、規格外のバナナを救出するDoleのプロジェクト「もったいないバナナ」を題材とした問題が出題されました。なぜ「もったいないバナナ」だったのか、結果はどうだったのか。さらに教育現場で子どもを見守る立場として、食卓や日常の食の風景が社会への関心や学びの入口となる可能性について、問題の制作責任者に話を聞きました。
お話をしてくれたのはこの方
加藤 宏章(かとう ひろあき)さん
SAPIX小学部 教務本部 本部長・社会科 教科責任者
目次
「いかに困らせるか」が子どもの成長のカギになる

──加藤さんはSAPIXで20年以上、社会科教育に携わっているそうですね。日々の授業や教材作りで大切にしていることを教えていただけますか。
授業では「いかに子どもたちを困らせ、成長を促すか」を重視しています。全般的にSAPIXは講師の裁量に任せる領域が広く、担当者ごとに「この子たちはどうすれば思いっきり頭を使えるか」「どうすれば背伸びさせてあげられるか」を常に意識して授業案や教材を作るのが一般的です。
──子どもたちを「困らせる」とはどういうことですか。
たとえば、あえて解答が1つに決まらない質問をすることです。すると、子どもたちはいろいろ考え、時には大人が思いもよらない発想をすることもありますが、講師側としては大チャンスです。
今から20年ほど前になりますが、小4の授業で二毛作を扱ったことがありました。「狭い耕地で収穫をあげるためにはどうしたら良いか?」と聞いてみたところ、ある子が「畑を2階建てにします」と言ったんですね。「1階は日が当たらなくなりませんか?」と尋ねると「あかりをつけます」と答えました。すると別の子が「太陽の光と電灯は違いませんか?」と聞いてきました。
これは、20年以上前であることがミソなのですが、今では普通に野菜工場として実用化されていますよね。当時は出始めでしたので「実際に工場で野菜が作られています」と解説したのですが、子どもたちは知識がなくてもこうしたことには気づきます。授業をしていると、これと似たようなことは普通に起こりますね。
あとは、子どもが言っていることを、簡単に理解してあげないことです。最近の子は、何かを質問しても、短いフレーズで答えを返してくる傾向があります。そこで「それはどういうことですか?」と質問を重ねていくと、頑張って説明しようとするんですね。すると自分の中で考えがまとまり、どうすれば伝わるかを考えるようになり、結果として伝える力が鍛えられていきます。
ベテランの講師ほどある意味意地悪で、「どうして?」「なぜ?」を重ねていきますし、オープンクエスチョンを効果的に使います。うまく子どもたちを困らせたうえで新しい発見を促し、成功体験を積ませることができる。それがいい講師だと私は思っています。

──「正解」そのものより、「どう考えたか」というプロセスを重視される理由はどこにあるのでしょうか。
教科によって異なると思いますが、同じ解答にたどり着くにしても、道筋が何本もあるほうが面白いですし、得るものも大きいからです。子どもたちが将来社会に出た時、唯一の正解があるとは限らない問題に直面するはずです。その時、さまざまな角度から考えたり、試行錯誤したうえで、「私はこう思います」と言えるように、引き出しを増やしていってほしいと思っています。
Dole「もったいないバナナ」出題の裏側にある想いとは?

──今回、小学4年生向けの公開模試で「もったいないバナナ」を題材に選ばれました。その理由をお聞かせください。
作問者は私ではない別の講師ですが、話を聞いてみると、何年か前にお店で見かけたそうなんです。身近なものから考えてほしかったというのが作問者の狙いのようです。
昨今は、学校でもSDGsを学ぶ授業があるので、フードロスの削減については、子どもたちも何となくは意識していると思います。
ただ、仰々しい横文字が並ぶと身近に感じづらいのではないかと作問者は考えたそうです。バナナならみんなが知っていますし、食べたことがない子はほとんどいないでしょうから、これを切り口に問題を作ろうと思ったと話しています。
──教材やテストを考える担当者は、常に子どもたちの身近にあるものに注目しているというわけですね。
特にテストはその傾向が強いです。できるだけ子どもの近くにある題材を探した結果、「もったいないバナナ」に行き着いたそうです。
もちろん「フードロス」という情報を子どもたちに教えれば、頭で理解して問題を解くことはできると思います。でもそうでなく、「何これ?」「見たことがないんだけど!」と思うことが大切で、自分の身の回りとどのようにつながっているかを考えてほしい、現実に起こっていることを知ってほしいという狙いがあります。
▼Dole「もったいないバナナ」についてはこちら!
大切なのはマル、バツではなく、思いを巡らせること

──採点のポイントを教えてください。
食べられるバナナが、なぜ捨てられてしまうかを、記述式で答える問題です。問題文に対して、2~3行程度の解答欄があるだけで、文字数は指定していません。
採点のポイントは、傷が付いている、サイズが大きすぎる・小さすぎる、曲がっていて形が悪いなどになると思いますが、それらのことに1つでも触れ、明らかな誤認がなく、作問者が納得できるものであれば大体はマル(正答)にしているはずですし、サンカクで部分点を与えているものもあると思います。
──正答率はどの程度でしたか。
53.8%です。
──模試を受けた半分以上が正解だったということですね。
記述問題で正答率が50%台ということは、サンカクを含めると60~70%程度の受験者は私たちが想定した方向で解答をしてくれていると判断できます。空欄(無解答)も少なかったということですから、きちんと考えてくれたんだろうという認識です。
──ポイントは、子どもたちが「あれ? まだ食べられるのに、どうして捨てられてしまうんだろう」と思いを巡らせることにあるということですね。
そうです。最初は黄色かったバナナが徐々に茶色くなっていったことに気づいた子もいるでしょうし、お店に並んでいるバナナは全部が同じサイズだということに気づける子もいるでしょう。問題を解いてマルやバツだけで満足してほしくないのは、そういうところでもありますね。
──そうすると、子どもの関心はバナナ以外にも広がっていきますね。
実際の中学入試でも、カット野菜のメリットについて、消費者と生産者の立場でそれぞれ記述させる問題を出した学校がありました。その狙いは規格外品の扱いにあると思うのですが、最近の子どもたち、特に首都圏に住む子どもたちは、自分で土いじりをした経験が少ないでしょうから、同じ野菜でも大きさが違うこと、規格外品があることを知る機会は多くありません。身近な食材を通して、そういうことに思いを巡らせることが大切ですね。
「買い物」「料理」「食卓」、それぞれの場面で学ぶことは多くある
──ここからは、教育者から見た「食卓」と「学び」の関係をお聞きしたいと思います。加藤さんは、日々の「食卓」にどのような学びの要素があると感じていますか。
食卓とそれにつながるものは、すべてが学びの宝庫です。10年近く前になりますが、小学校3年生、4年生のお子さんをお持ちの保護者の方々から、「子どもをどこに連れていけば学びになりますか?」と聞かれたことがあります。その時は「お買い物に連れていきましょう」と答えていました。
──その狙いはどこにありますか。
どこのお店も商品の並べ方が似ていること、同じ商品でも先週と今週で値段が変わることなど、新しい気づきが必ずあるはずなんです。実体験を伴わない学びは、子どもにとって「残りにくい」んですね。特に学齢が低いほど顕著ですから、子どもたちが「そうなんだ」と気づくことを大切にしてほしいと思っています。
──確かに学びの宝庫ですね。
2013年に和食がユネスコの無形文化遺産に登録された時は、和食の基本である「一汁三菜」の話題を授業で取り上げたこともあります。すると、ある子が「その並べ方だと食べにくい」と言ったので、「どうしてだろう?」とみんなで考えました。最終的に出た結論は、「昔は個人ごとにお膳があり、畳に座って食べていたけど、今は椅子とテーブルが多いから、お椀に腕が当たりやすくなるのでは」というものです。これが正しいかどうかはわかりませんが、いろいろ考えてくれたことは本当にうれしかったですし、子どもたちにとっても良い経験になったのではないでしょうか。
──なるほど。
ご家庭でも同様です。子どもにお皿や茶碗をテーブルに並べる手伝いをさせている家庭も多いと思いますが、「どうして食器を置く位置が決まっているの?」と聞かれることはありませんか。そうした機会に「和食は昔からこう並べるのが決まりでね」と持っていきやすいですよね。買い物、料理、食卓、それぞれの場面で学ぶことは多くあります。
社会では正解が1つとは限らない。だからこそ考え、選びとる力を身につけてもらいたい
──今回の「もったいないバナナ」の出題も含めて、子どもたちが身近なものから社会に目を向けるために、大人ができることは何だと思いますか。
日々の会話がとても大切です。子どもの気づく力を高めるためには、大人が種をまいてあげることが重要です。スーパーで売場を一緒に回りながら「先週は10円安かったね」と言ってあげたり、食卓で「最近は野菜が高いね」と言ってあげたりするだけでもいいと思います。大人が知っていることでも、子どもは驚くほど知らないことが多いですから、そこを埋めてあげるために声をかけてください。
──SAPIXには学びへの意欲が高いお子さんたちが集まっている印象があります。その中で考える力を身につけさせることは、将来的にリーダーとして社会を引っ張っていく力を持ってほしいという願いがあることがわかりました。
SAPIXで学んだ子どもたちは将来、さまざまな形で社会に貢献する人になるはずです。その時のために、自分で考え、選べるようにしてあげたいという思いを常に持っています。社会に出ると解が1つではない問題ばかりで、考えが違う人とやりとりしながら落としどころを探っていく作業がほとんどです。
自分の考えを主張しつつ、うまくすり合わせていくのはどの分野でも必要ですから、早い段階から経験を積ませてあげたいと思っています。

──根底にあるのは成功体験ですね。
そうです。今日はこれを見つけた、こんな成長があったという小さな成功体験がたくさんあると、自分の足で進む後押しになります。ですから教室の中ではできるだけ困ってほしいし、困った結果として、何か見つけてほしいと思っています。
見つけ方はいろいろあっていいですし、見つけるものもたくさんあっていい。自分の道を切り拓くとき、少しでも背中を押せるような経験を多く積ませてあげたいですね。
──「もったいないバナナ」の設問も、将来に活きてくると改めて感じました。貴重なお話ありがとうございました。
※記事の情報は2026年6月16日時点のものです。
