近年の温暖化により、35℃超の「猛暑日」や40℃超の「酷暑日」が珍しくなくなる中、建設業界ではさまざまな熱中症予防対策に力を入れています。145年の歴史を持つゼネコン大手の戸田建設東京支店では、冷やしたバナナに塩をかけて食べる「冷やし塩バナナ」を2016年から各作業所で展開し、「食べる熱中症予防対策」を推進しています。そこで、塩バナナを導入した経緯や現場での提供方法、作業員さんの反応などについて、安全管理部の渡邉さんにお話を伺いました。
お話してくれたのはこの方!
渡邉 実(わたなべ みのる)さん
戸田建設株式会社 東京支店 安全管理部 安全管理課 プリンシパルエンジニア
建設現場における労働環境の整備を統括。東京支店の管轄エリア(東京・山梨)の建設現場をパトロールしながら必要に応じて指導を行うほか、事故や災害の発生時には現場や協力会社とともに再発防止策を検討する。研修会の開催などを通して協力会社に対する安全教育も行っている。

戸田建設株式会社
1881年に初代戸田利兵衛が戸田方として創業。1908年に戸田組へ改称し、1963年に戸田建設へ商号を変更。現在は、総合建設会社として、建築・土木を中心に投資開発事業、グローバル事業、再生可能エネルギー事業、新事業など幅広い事業を展開している。近年は、カーボンニュートラルの達成に向けて「浮体式洋上風力発電」に取り組み、2026年1月には長崎県五島市の崎山沖で国内初の「五島洋上ウィンドファーム(浮体式洋上風力発電所)」の商用運転を開始。2024年には本社機能とミュージアムを備えた新本社ビル「TODA BUILDING」が竣工し、地域の防災機能を強化するとともに、新たな芸術と文化を発信している。
目次
「冷やし塩バナナ」のきっかけは、現場での手応えと父との記憶
──2025年6月に労働安全衛生規則が改正され、企業には職場における熱中症対策の強化が求められるようになりましたが、建設現場にとって夏場の熱中症予防対策はどのくらい重要なテーマなのでしょうか?
建設業界は、現場で働く作業員さんによって支えられていると言っても過言ではありません。だからこそ、元請企業である私たちや協力会社さんの使命は、作業員さんの安全と健康を守ることにあります。特に、熱中症による業種別死傷者数を見ると建設業界がトップクラスであり、その多くが7月、8月に集中しています。
観測史上最高気温を更新するような暑さが続く昨今、作業員さんに体調を崩すことなく働いていただき、無事に家へ帰ってもらうことを何よりも大切に考えています。そのため安全管理部では、研修会などを通じて熱中症予防対策の重要性を繰り返し訴え続けています。

──そうした中で、熱中症予防対策に「冷やし塩バナナ」を採用したきっかけは何だったのでしょうか?
出発点は冷やしたバナナの提供でした。各種の糖質を多く含むバナナは、エネルギー補給に効果があるのではないかと考えていました。2010年、私は東京支店の作業所長(現場監督)として、建設現場で施工管理をしていました。その年は、当時「スーパー猛暑」と呼ばれ、観測史上最高の暑さを記録した年で、日本全国で熱中症による救急搬送者数や死亡者数が過去最悪の規模に達していました。
そこでコンクリート打設班のコンクリート工、圧送工、左官工等に冷やしたバナナを提供したところ、その作業班では熱中症の発症者が1人も出なかったんです。コンクリート打設は建設工事の初期工程にあたるため、周囲に日差しを防ぐ屋根のようなものがありません。直射日光を受けるため、最も過酷な作業のひとつと言えます。一方で、他の作業班では熱中症の発症者が出てしまいましたので、非常に印象的な出来事でした。
──そこから塩バナナには、どのようにつながっていったのですか?
私が2015年9月に現在の安全管理部へ異動し、翌2016年夏、熱中症予防対策として各作業所に冷やした塩バナナの提供を呼びかけたのが始まりです。暑い日に汗をかくと、体内からカリウム、マグネシウム、ナトリウムなどが失われます。バナナにはカリウムやマグネシウムが含まれているため、バナナを食べることで補うことができます。一方で、バナナにはナトリウムがほとんど含まれていないため、バナナに塩を振りかけることで、失われたナトリウムを補うことにしました。
──でも、「バナナに塩」ってなかなか思いつかないと思うのですが。
実は、実家の父がお酒のつまみとしてバナナに塩をかけて食べていたんです。私も一緒にお酒を飲みながら食べてみたところ「思った以上においしい」となり、それなら建設現場でも提供してみようとアイデアが浮かびました。
──お父様がヒントをくれたわけですね。
私自身、子どもの頃からスイカやトマトに塩はかけていましたが、バナナに塩をかけるとは想像もつきませんでした。ですから父には感謝しています。
冷やしたバナナの皮をむき、お好みの量の塩をかけるだけ
──現場では、冷やし塩バナナをどのように提供しているのでしょうか?
冷やしたバナナを作業員さんに渡し、皮をむいて食卓塩を振りかけてもらうだけです。モルタルを練り合わせるために使用する大きな容器(モルタル舟)やバケツ等に氷水を張ってバナナを入れておきます。もちろん冷蔵庫でも問題ありません。
──塩はどれくらい振ればいいのでしょうか?
お好みの量で大丈夫です(笑)。現場でも作業員さんに任せています。
※塩分の摂りすぎにご注意ください。

──提供する時間に、決まりはあるのですか?
厳密な決まりはありませんが、小腹が空いてくる午前10時頃の休憩時が適した時間帯と考えています。熱中症は、午前中に無理をした結果、午後になって発症し重篤化するケースが多いんです。ですから、お腹が満たされている食事の後や、暑さが厳しくなる午後などの時間帯は避けています。作業員さん全員に食べてもらいたいので、まとまって休憩できる時間帯のほうが、提供するうえでも効率的です。
──どのくらいの頻度で提供しているのですか?
準備の時間も必要ですから基本的には各作業所の所長の判断に任せていますが、目安としては、気温、湿度、輻射熱から評価した「暑さ指数(WBGT値)」を用いています。WBGTの予想値が28℃以上の厳重警戒日には、提供するのが望ましいと考えています。
塩バナナを続ける現場で見えてきた変化
──現在、塩バナナを取り入れている現場はどれくらいありますか?
東京支店では30を超える現場で実施しています。東京支店の取り組みを参考にして、他支店の作業所でも実施しているところがあります。

──資料によれば、塩バナナを導入した2016年以降、東京支店における熱中症の発症件数は低く抑えられているようですね。
地域によって気象条件も異なりますし、最近はファン付き作業着が定着してきたり、現場でさまざまな熱中症予防対策が取られてきたりしています。そのため塩バナナの効果については一概には言えませんが、全社に占める東京支店の規模を踏まえても、東京支店における熱中症の発症件数は低く抑えられていると感じています。

──手応えを感じたエピソードはありますか?
実は2025年の夏、ある現場で熱中症の発症が立て続けに起きたことがありました。現場の所長に話を聞いてみると、そこでは作業員さんが喜ぶアイス類を中心に提供していたようです。そこで「塩バナナは、バナナに含まれる栄養素と塩分補給という点で一定の根拠がありますから、作業員さんに提供してみてください」とお願いしたところ、それ以降は熱中症の発症がぴたりと収まりました。偶然かもしれませんが、所長も驚いていました。
──厚生労働省も熱中症対策のひとつとして、塩バナナに注目しているようですね。
2025年の夏、虎ノ門の現場に厚生労働副大臣が、労働災害防止計画に基づく対策推進の一環として安全パトロールにいらっしゃいました。その際「食べる熱中症予防対策」などについて説明した後、塩バナナを試食していただきました。
──塩バナナ以外で実施している熱中症予防対策があれば教えてください。
東京支店では「食べる熱中症予防対策」として、トマトやキュウリ、スイカなども用意して飽きない工夫をしています。そのほかにも、そうめん、冷やし味噌汁などを現場の判断で提供しています。

それから食べる以外の対策としては、手のひらを冷水に浸して体温を下げる「手のひら冷却」も各現場で取り入れています。
塩バナナが生み出す、現場でのコミュニケーション
──現場に塩バナナが定着してきた現在、作業員さんはどのような反応を示していますか?
多くの方が「おいしい」と言って食べてくれているようです。元請会社が無償で提供してくれるのはありがたい、という意見も多いですね。
──塩バナナを提供することで、現場ではどのような会話やコミュニケーションが生まれていますか?
休憩時に作業員さんがそろって塩バナナを食べることで会話が増え、職場のチームワークを深める良いきっかけになっています。最近は建設現場でもICT化が進み、モニターを通して情報を共有するケースが増えています。結果として、作業員さん全員が集まることが少なくなっています。塩バナナを提供することで集まる機会ができ、さまざまな意味で現場全体の風通しが良くなる効果があると思います。

──最後に、渡邉さんにとって「塩バナナ」とはどのような取り組みですか?
私たちが作業員さんのためにできる、ささやかな安全対策支援のひとつだと考えています。私たち元請企業が一方的に「こんな対策をしてください」とお願いしても効果は上がりませんし、長続きもしません。その点、手軽に食べられる塩バナナは最適です。
現在、東京支店では安全衛生のスローガンに「対話と共感」を掲げていますが、私たち元請企業の社員と作業員さんが同じ目線でコミュニケーションを取ることが、安全につながると考えています。ですから、作業員さんへの感謝の気持ちも込めて、これからも塩バナナをはじめとした「食べる熱中症予防対策」に取り組んでいきたいと思います。
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※記事の情報は2026年8月6日時点のものです。

